旧暦ホテル ―古くて新しい暦と暮らす―

2018年立春からスタート。旧暦と共に、「大人の本気の『ごっこ遊び』を通じ、ホテルで過ごすような快適な日々を追い求めていきます。

氷の朔日

じゅんです。

昨日は旧暦水無月、六月一日でした。

 

 

氷の朔日・・・?

 

昨日の六月一日。我が家は新月モーニングの日でした。

kyureki-hotel.hatenablog.com

 

そこでもちょろっと書いたのですが

昨日は「氷の朔日」という日だそうです。

(なので昨日は朝からアイスを食べました)

 

冬場、旧暦の事を勉強し始め、色々本を読み漁っていた時

この事について載っている物がありました。

そこには

「6月1日は、氷や氷餅などをお供えした後食べる」

「宮中では、これからくる暑さに負けないように

氷室に保存した氷を食べる『氷室の節会』という行事があった」

とありました。

(氷室とは天然の氷を長期間保存していた場所)

 

ただ、そこで「ん?」と思ったのです。

 

平成30年は、立春から随分遅れて旧暦一月一日がやってくるとはいえ

旧暦六月一日って、今年は新暦7/13やで?

もうたいがい暑い時期やろ。

なんで「これからくる暑さ」やねん。

もう新暦7月中旬なんて充分暑いっちゅーねん。

それに宮中って京都やろ。京都の夏なめてるんか。

 

腹を立てても仕方がないのに(笑) 

この本のこのページで、なんだか釈然としない想いが湧きあがり

何となくこの本から遠ざかってしまいました・・・。

この本、新暦と旧暦とが何のことわりも無く

ごちゃまぜに書いてるから分かりにくいんですよね。むむ。

(でも、日本の行事について分かりやすくとっつきやすく書いてる本は大体そう)

 

ていうか、そもそもごっちゃになってる原因は

明治政府がややこしい事したからなんですけどね。

 

最近では

 

・・・ああそうか、平安時代は今より平均気温が結構低いから

旧暦六月一日でも「これからくる暑さ」だったんやろか??

江戸時代もプチ氷河期とかなんかで、飢饉等々いっぱいあったし

庶民が、明日生きてるか死んでるか分からんような平安時代

旧暦六月でも一日なら「これからくる暑さ」だったんやろか??

 

と思ってもみたのですが

ねじまがった私の心は、どうにも収まらず(笑)

もっと詳しく知りたいのにな。

 

考えてみた

 

そこで改めて調べてみたのですが

どこを見ても何を読んでも、新暦と旧暦の話が入り混じっていて

なかなか分かり辛い!

「桃の節供」や「お正月」のように

現在も脈々と、大々的にされている行事ではないのが原因なのか

私が欲しい情報が見当たらなくて困りました。

 

でも色々と考えてみた結果、次のようになりました。

・旧暦六月一日、氷室の扉を開けて氷を取り出した

平安時代中期の文献にもあるように(Wikipediaより)

 京都近辺には少なくとも10か所の氷室があった

・その氷室から早馬などを使ったのか?都へ氷を運ぶ

・その氷を天皇が食し、貴族たちが食す(枕草子にかき氷の記述あり)

・庶民は氷が手に入らないから、氷を模したお菓子を頂く

 (関西の「水無月」等)

 

もっと詳しく知れたらいいな。来年への課題とします。

ちょっと図書館で本を探してみよう。

 

奈良の氷

 

奈良には「氷室神社」という神社がありまして

そちらの「ご由緒」というページが、非常に読み応えがあります。

 

http://www.himurojinja.jp/goannai/yuisho2/yuisho.html

 

この氷室神社があるからなのか

奈良市内にはオシャレなかき氷を出すお店がたくさんあって

関西では夏になると、奈良のオシャレかき氷がよくテレビや雑誌に出てきます。

一昨年、美味しそうなかき氷を食べに、夫婦で奈良に行ってみたのですが

売り切れてしまっていて食べられませんでした。

 

今年は食べに行けたらいいな。

と言いつつ、この三連休(うちは休みは明日だけですが(笑))

天気予報の気温をテレビで見るだけで、溶けていく気分です^^;

うかつに外に出ると危ない気温です。

お家でのんびりすることにします~。